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ねぎまのおもちゃ箱

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つれづれのこと、写真、造形作品、模型作品など

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本当に色々な事が起きた平成23年も、あとわずかで暮れようとしています。
卯年。私は年男なのですが、良い年だったのか、あるいは・・・。
グラフィックデザイナーとしての仕事は大きく変化をしてしまいました。
デジタルは否定もしませんし、避けて通ることはもはやできませんが
アナログに逆行しています。
まさか筆で文字を書いたり、和紙に墨絵を描いたりするようになるとは
思っても見ませんでした。そして、これが楽しいのです。
楽しいの次は苦しいがやってくるのでしょう。そしてそれを乗り越えると
また次の舞台に進むのでしょうね。日々、勉強が続きます。


今年最後の催しです。

除夜太鼓・新春太鼓

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平成23年12月31日 23時〜2時まで
平成24年1月1日 12時〜16時まで

東京日本橋人形町 大観音寺にて執り行います。


この大観音寺。小さなお寺なので鐘突き堂がありません。
例年は終夜お経を上げるのが習わしでした。
「何かできないだろうか?」とのご住職にお応えして
お寺にある大太鼓を叩いていただきます。
それが除夜太鼓。新年が明けましたら新春太鼓と相成ります。
百八つにはこだわりません。
お一人3回づつ叩いていただきます。

一の太鼓:この一年の厄災を打ち払っていただきます。
二の太鼓:大災害の復興復旧を打ち願っていただきます。
三の太鼓:新たな年の心願成就を打ち祈っていただきます。

辰年開運かわらけと福あられ、この画像にあるカードがお土産についています。
その他にも開運夢枕(枕の下に敷いてお休みいただく縁起物です)
邪気を払う生姜を添えていただく、熱い熱い甘酒を販売いたします。
収益の一部は大観音寺を通じ、震災で孤児になってしまった子どもたちの奨学金となる
桃柿育英会に寄付させていただきます。

大観音寺

東京都中央区日本橋人形町1-18-9
03-3667-7989
日比谷線・人形町駅から徒歩2分


今年もたくさんの方々に支えられて、一年を送ることができました。
心より御礼申し上げます。
そして新年はみなさまにとって、良い年となりますよう
お祈り申し上げます。
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by md-works | 2011-12-30 21:03 | つれづれ
半田市にある、明治時代に建てられた工場へと進みます。
これが煉瓦好きにはたまらない、素敵な建物でした。
まずは北側の壁面から見てまいりましょう。

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こちら側にはかつて建物の続きがあったようです。
下側斜めに煉瓦の色が変わっています。
下のアーチ状の窓は、続きの建家を壊してから作ったものでしょう。
向かって左側の窓の周辺は四角く煉瓦の色が変わっていますので
ここには通路か何かがあったように思われます。
所々に見られる穴は戦時中に米軍機の機銃掃射を受けた跡です。
厚い煉瓦壁ですから、幸い死傷者はなかったとのことです。

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いろいろとふさいだ跡が良くわかります。

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ここも渡り廊下か何かの跡でしょう。窓にしては大きすぎるし
上に屋根の跡らしきものも見えています。

ここは実は現役のビール工場。
戦前の5大ビールの中のひとつカブトビールの工場なのです。
詳しくは検索していただけると出てきますが
戦前の5大ビールメーカーとは。
横浜のスプリング・ヴァレー・ブリュワリーという醸造所が明治3年に開業。
後のキリンビールへつながっていきます。
そして札幌麦酒株式会社。もちろん男は黙ってサッポロビールとなります。
大阪麦酒株式会社は後のアサヒビール。
明治20年になると日本麦酒株式会社が設立されます。
大黒ビールという名前にしたかったそうですが
すでに商標登録されていたために、同じ七福神から恵比寿ビールとなります。
少し遅れて昭和3年に洋酒の寿屋(現サントリー)が「カスケードビール」というブランドを持つ「日英醸造」を買収。昭和5年から「オラガビール」というブランドにて発売されました。
サントリーはその後わずか6年でビールから撤退しますが、昭和39年に自社ブランドで復活します。

ちなみに沖縄のオリオンビールも古いのですが
沖縄の産業を保護するという目的のために本土には出荷されていませんでしたので
この当時はほとんど知られていなかったメーカーです。

そして、地方にありながらこの大手酒造メーカーに挑んだのが
ここ半田にあるカブトビールなのだそうです。
明治22年に初めて3,000本のビールがここから出荷されたそうです。

現役。と書きましたが、今も工場として稼働しているわけではありません。
市がこの建物を保存しているのですが
年に数回、一般公開されています。
その時に合わせて、限定3,000本のカブトビールが作られて
ここで呑んだり買ったりすることができます。
建物の保存だけでなく、一部とは言え機能も残してあることがすばらしい。
剥製のような保存物とは違いますね。
中は煉瓦の分厚い壁をさらに漆喰で仕上げてあるそうで
一部は壁の構造が分るように断面が見られるようになっているようです。
夏でも室内はヒンヤリと一定の温度に保たれているそうです。

いやー、この建物を見て興奮してしまいました。
案内していただいた同行のタカポンさんを放置して
建物の周囲を嘗めるように撮ってしまいました。
今度はぜひとも公開日に訪れて、カブトビールを味わってみたいものです。

怒濤の煉瓦。しばらく、しつこく続きます。
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by md-works | 2011-12-04 16:55